敷居が低い=簡単 …なの?
2007 / 08 / 19 ( Sun )
STGのユーザーが減っている原因としてよく言われるのが「止まらない高難度化」ですよね。確かにどれもこれも難しい(ように見える)ゲームばかりなんですが…では、単純に難易度を下げてしまえばユーザーは戻ってくるのでしょうかね。
そもそも「元気だった頃のSTG」って難易度低かったかな…?
むしろ理不尽かつ絶望的な気分になることも多かったと思うのだけど。
それでも当時コインをつぎ込み「先を見よう」と躍起になってプレイしていたのは何故か。
抽象的ですが「自機との一体感」「意思を感じる敵」を感じることができたからではないでしょうか。そしてストーリーらしいストーリーが何も無くても「世界」に入り込むことができたと。
勿論、自分は現在のSTGも大好きなんですが、やはりどこか冷めた目でみてしまうのですね。ちょっと表現悪いか。
グラフィックが進歩して表現力はあがり、音源も充実。しかしなにかもの足りない。
「弾幕を避ける快感」「ボスを撃破する快感」はありますが「その世界に自分が存在している、という手応え」「自機とのシンクロ」(伝わるかなあ…)を感じないのです。そういった意味で「冷めた目」という言葉を使ったのですが、これではSTGとあまり縁のなかったユーザーを筐体の前に座らせることはできないと思うのですよ。勿論「試しに一回」とプレイする人はいると思います。しかし、本腰いれてプレイしようと思わせるのはなかなか難しいのでは。
そこで「難易度を下げれば敷居が下がるから、新規ユーザーも繰り返し遊ぶのでは?」となるのですが、はたしてそれだけで繰り返しプレイするに至る「一プレイごとの満足感」は得られるのでしょうか。やはり「ここまで遊んだだけでもこの満足感。ならばこの先はもっと…」と思わせなければ駄目ではないかと。
と、偉そうなことを書きながら具体的な何かがあるわけでもなく、やはり単なる懐古厨の戯言になってしまい恥ずかしい限りなのですが…。
やはり好きなものは盛り上がって貰いたいですからね。火が消えてしまわないように頑張ってもらいたいなあ、と。