「マリオ時代」の黄昏(日経ビジネス オンライン)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071225/143944/なにがいいたいのか良くわからん文章だな…ってのはともかく。
『「ゲームビジネスで大事なのは、いいソフトがあるかどうかだ」
ゲームビジネスにおける常識中の常識です。いまでは、誰もがその常識を疑うことなく、「あのソフトが出るから、このゲーム機は元気になる」と予測したり、パッケージソフトの売れ行きによってゲームビジネスの成否を判断しています。』
『しかし、断言しておきましょう。ソフトこそが大事なのだ! という常識は、今後、ゆるやかに終焉を迎えます。』
価値観は人それぞれなので「いいソフト」を明確に定義することなんてできないとは思いますが…。
極端なことを言えば「売れたソフト」=「いいソフト」ですし、どれだけ内容が良くてもセールス的に奮わないソフトは山のようにありますしね。いろいろなことが絡み合って結果的に『アレはいいソフトだったね』と言われるものであって、始めから「これはいいソフトだから必ず売れるし、ハードも元気になるね」などとわかるものでもない(もちろん、そのつもりで作っているのですけれどねw)。読みと経験による賭けですよ、所詮バクチなんですよ。
「いいソフトがあれば成功する可能性がある」 この可能性を高めていくしかないのですよ。
逆は簡単なのですけどね。「いいソフトがなければハードは死亡する」 これは間違いない。
そもそもソフトを大事にしないと土俵にあがることもできないですよ。
『他の大作ゲームのシリーズ続編も同様です。それらは以前ほど売れなくなっている。「いいソフトを作れば売れる」という時代に作られたソフトを、そのままパワーアップした続編が店頭に登場しても、「そんなに欲しくないなあ」という市場からの冷めた、しかし明確なメッセージが返ってくるようになりました。
クリエイターが優れたパッケージソフトを作り、ユーザーがそれを買い、遊んで、満足する。これまでのゲームビジネスは、そうやって一方的にコンテンツが提供される形でビジネスが成立していましたが、昨今の市場の反応を見ていると、いいソフトを作って提供するだけでは、ユーザーが満足しなくなりはじめたことがわかります。』
スーパーマリオギャラクシーやドラクエIVのセールスは無視ですか。そうですか。
むしろ「売れるもの」と「売れないもの」が明確になってきているだけではないかと。「一方的にコンテンツが提供される形」とはいえ選択するのはユーザーですから。強制的に遊ばされているわけじゃあるまいし。
ユーザーのニーズに合ったソフトはしっかりと売れる。この構造は変わっていないはず。ユーザーの変化にあわせ、キチンとニーズを捉えた内容・売り方・宣伝を行っているソフトが「いいソフト」でしょ?その部分をおろそかにしたソフトが売れるはずもない。また、そのようなソフトばかりであればゲーム機に元気があるわけもない。
ほら、やはり「ソフトこそが大事」じゃないか。
なんとなくリンク先の記事は「自分が認めるゲームこそが『いいソフト』。それが売れないのだから、ソフトの時代は終わったのだ!」と言ってるように思えるのですが。なんというか…ねえ?
繰り返しになりますが、
「いいソフト」があっても成功するとは限らない。だが、「いいソフト」がなければ成功する可能性はほぼない。だから「いいソフト」を増やして、成功する可能性を高めていかなくてはならない。ということではないかと。 …ずれてますかねぇ?